印刷用ページを開く

商学部かわら版 商学部のいまが見えてくる。必見情報満載!

「ゲストスピーカーによる特別授業」において、元・群馬県富岡市長の今井氏が特別授業を実施

授業中の様子1

2016-06-14

水野 勝之

6月6日(月)、和泉校舎5時限目(経済学A)の授業のゲストスピーカーとして今井清二郎元群馬県富岡市長をお呼びした。誰あろう、この方こそ、いまや世間で話題をさらっている富岡製糸場を世界遺産登録しようと努力し始めた、当時の市長である。明治大学商学部ご出身で、東京ガス勤務を経て故郷富岡市に戻り、そののち市長を3期務められた。商学部HPにあるOB紹介「変わる時代変わらない時代」のトップバッターをなさってくださった方だ。(http://www.meiji.ac.jp/shogaku/kawaru/mess01.html

 

授業では、市長を含めてこれまでの人生から受講生に様々な教訓をいただくところから始まった。「相手に断る権利があるのだからどんどん頼め(=遠慮しないで頼んでみなさい。断るのは相手の自由なのだから)」「頼まれたらどんどん引き受けろ」など社会を生き抜くコツを伝授していただいた。

 

そのあと、富岡製糸場の歴史をお話しくださった。伊藤博文、渋沢栄一、フランス人のポール・ブリューナの3人が中心となり、ゼロから富岡製糸場が完成されたとのこと。また、製品の生産指導にフランスから指導者が何人も来ていたことも伝えられた。富岡製糸場で働く工女さんたちは待遇が悪いどころか、日本で女性の労働に対して初めて給与が支払われたという画期的なケースだったそうだ。実は女工さんたちは当時のエリートで、井上馨の姪らも働いていたとのこと。

 

今井氏が市長在任中に、富岡製糸場の世界遺産登録の話が持ち上がり、それを推進したお話もされた。世界遺産登録の運動を盛り立てるとともに、平成19年には日本の世界遺産暫定リスト登録を果たした。市長退任後、平成26年にめでたく世界遺産登録を成し遂げたと本当にうれしそうにお話しくださった。今では年間120万人の観光客が訪れる。その割には、町の発展が伴っていない。でも心配する必要はない、観光客が訪れ続けてくれれば、町は徐々に発展していく、焦ることはない、これが今井氏の見解であった。

 

最後に、今井氏手作りの紙芝居をパワーポイントで公演いただいた。全6巻あるそうで、今回は、第1巻の富岡製糸場誕生物語だった。日本の生糸の質が悪すぎるために官営工場を作ろうとしたことから始まり、水の確保を前提とした場所の選定、ブリューナらの給与の高さへの対応などを交えて、富岡製糸場の完成までのいきさつをまとめたものだった。

 

授業を終えて受講生から自然に送られた、割れんばかりの拍手に、担当者として驚くばかりであった。担当者の水野が口を開くまで相当の時間がかかったほどだった。

 

 

前代未聞のシンポジウム

 

かつて、今井さんが富岡市の現役市長でいらっしゃったころ、のちに世界遺産登録されるとはだれも知らずに、明治大学商学部は、富岡製糸場内でシンポジウムを開催した。ちょうど10年前の2006年だった。シンポジウムとは、テーマを決めて講演を行ったり意見交換を行うもの。「富岡製糸場を核としての富岡市の街づくり」をテーマとし、若林幸男教授の講演はじめ、学部の学生たちが報告を行った。後にも先にも、天下の富岡製糸場でシンポジウムを行った大学は、明治大学商学部だけでしょう。

 

【参考】 HP http://www.meiji.ac.jp/shogaku/ecm/pro01/04.html

     動画 http://www.meiji.ac.jp/shogaku/shogaku-tv/index.html

 

なお、「ゲストスピーカーによる特別授業」についての詳細は、以下のURLをご参照ください↓

 http://www.meiji.ac.jp/shogaku/tokushoku/guestspeaker.html

授業中の様子2
授業中の様子3