2025.06.03
企業と環境問題:NHKドキュメンタリー番組『チッソ・水俣工場 技術者たちの告白』制作者・北川惠氏による特別講義
森永 由紀(担当教員)
「企業と環境問題」の授業では、1995年に放映されたNHKドキュメンタリー番組『チッソ・水俣工場 技術者たちの告白』の制作者である、元NHKエグゼクティブプロデューサーの北川惠氏をゲストスピーカーとしてお招きし、ご講義いただきました。
本番組は、水俣病が深刻化していた当時、企業内部にいた技術者たちが、なぜその被害の拡大を止めることができなかったのかに焦点を当て、旧チッソの技術者14名へのインタビューを通じて真相に迫った、極めて貴重な記録作品です。組織という「欲を持つ人間の集合体」の中で、ブレーキが利かなくなる構造や、それに抗えない人間の弱さは、時代が変わっても変わらない本質であることが示されました。
北川氏は、こうした問題を「①企業の体質 ②社員の行動 ③科学と現実」という三つの観点から整理し、現在進行形の社会課題と重ね合わせながら解説されました。現代は当時と比べ、内部告発や第三者委員会、社外取締役、SNSによる情報発信などを通じて透明性が高まりつつありますが、それでもなお、都合の悪い事実が隠される傾向は根強く残っており、水俣病は決して過去の出来事にとどまらず、現在にも通じる問題であることが強く印象づけられました。
また、事前に番組を視聴した学生たちから寄せられた多くの質問にも、北川氏は丁寧にご対応くださり、非常に密度の濃い学びの時間となりました。講義後の感想では、「何を伝えたいか」ではなく「何を知りたいか」から出発するという、北川氏の番組制作に対する姿勢に感銘を受けたという声が多く寄せられました。さらに、「ただ謝罪を求めるのではなく、何が起こったのかという事実に向き合うことこそが真の再発防止につながる」とのご説明を通じて、ドキュメンタリーが果たす意義を改めて認識したという意見も見られました。
「加害者」とされる企業関係者に取材協力を得るにあたっては、相手の立場に丁寧に配慮し、何度も対話を重ねて信頼関係を築いていったという、誠実で粘り強い取材姿勢も紹介され、学生たちにとって大きな学びとなりました。
なお、本番組に登場した旧チッソの技術者たちは、すでに全員が故人となられており、今では当事者から直接話を聞くことはできません。そうした中で、今回、番組の制作者ご本人から当時の制作意図や取材の背景について直接お話を伺えたことは、非常に貴重な経験となりました。